『ある男』 文春文庫
平野啓一郎の作品には何故か近寄りがたくて読んだことがなかった。
理由は哲学的な匂いを感じて私には難解に違いないという不安。


ところがお薦めされて、2ヶ月ほど前に彼の最新作『本心』を読み始めた。
その内容に興味を持ったし、意外と読みやすくてさくさくと読み始めたけれど、2回目のワクチン接種の副反応で体調を崩したのをきっかけに残り1/4ほどを残したままになってしまっている。


この数日で読み終えたのは同じ作者の『ある男』。
推理小説と言って良いのかな?
推理小説は最初に引き込まれるとつい結末を知りたくて速読=浅読みしてしまいますが、この読み方はそろそろやめたいと思っています。

ある男とは誰なのか?



弁護士の城戸はかつての依頼者・里枝から奇妙な相談をうける。彼女は離婚を経験後、子供を連れ故郷に戻り「大祐」と再婚。幸せな家庭を築いていたが、ある日突然夫が事故で命を落とす。悲しみに暮れるなか、「大祐」が全くの別人だという衝撃の事実が‥‥‥。愛にとって過去とは何か? 人間存在の根源に触れる読売文学賞受賞作。



2011年の東日本大震災はこの作品の重要な背景になっている。
まだこんなに多くの行方不明者がいるのですね。


東日本大震災・被災者数(2021年9月10日更新。
2021年3月1日現在:亡くなられた方(直接死) 15899人、行方不明の方2526人。2021年8月11日現在:避難者3万9816人)/ 東日本大震災・避難情報&支援情報サイトより
https://hinansyameibo.katata.info/category/被災者数 より



戸籍、在日、ヘイト/アンチヘイト、死刑廃止などの社会や政治問題。
所々に顔を出す音楽はJazz。
芥川龍之介の『浅草公園』、『アンナ・カレーニナ』、『変身物語』を読んでいたら作者の意図をもっと深く感じることができただろうに。



人生は重層的だ。
というより重なり合った層で成り立っているのが人生だ。
その重層の一つの層だけを取り出してどういう人間なのかと決めつけてしまうのが烙印だ。

Ϛ:スティグマ。
意味は烙印。
元はと言えば、奴隷や犯罪者の印。
烙印のある牛を牧場で見たことがある。
他と見分けるためにつけてあるのだろう。

しかし人間における烙印は、社会的スティグマで常に否定的な事象を意味するし、攻撃の材料にもなる。

この本にあるように、良かれ悪かれそういうスティグマだけを取り上げられると、その人間の持つ他の面が消されてしまうのは確かだし、アイデンティティを一つの何かに括り付けようとすることはありがちなこと。
そういうことをされて迷惑している人、苦しんでいる人は多いと思う。
考えてみれば殆どの人がそうじゃないだろうか。

どこに行っても全人生を否定されるようなスティグマを背負ってこれからも生きていかなければならないのなら... ...
過去を変えてみたい。
違う過去を持ってこれからの自分を生きてみたい。
あ〜、この願望もわかります。
これまで所詮不可能だと思っていたけれど、現実には不可能ではないのかも、
とこの本を読んで考え直した次第。

哀しい物語だったけれど、最後の里枝と悠人母息子の会話に救われる思いがした。


表紙のタイトル『ある男』の下には
『A MAN』とある。
何故わざわざ英語で?
このタイトルに深い意味があるのかないのかわからないけれど、
私はこだわってしまう。
深読みしてしまう。
ひょっとして何か意図がある?
作者に尋ねてみたい。

冠詞のa、難しいですよね^^




ある男とは誰なのか?

作品の構成から考えると、作者のいうある男は弁護士の城戸さんだと私は思っているけれど。







コメント

はにゃ。
2021年9月13日16:46

平野啓一郎は、最初に読んだ、多分大売れしてドラマだか映画にもなった(と思う)『マチネの終わりに』が、全くダメで、苦痛で、全く手が伸びずにいるのですが。なんか面白そう。

そのうち読もうかなー。

ところで、私もミステリものは早く読みたくてとにかくさーっと読んで、大体もう一度細かいところを読み直したりします。伏線の確認とかね。一度でしっかり読めば二度手間にならないのにと思うけど、多分もう変われないんだろうなぁ・・・と思いながら。

hana
2021年9月14日15:36

はにゃ。さま^^

彼のデビュー作は芥川賞だったかな?、話題になったことは覚えています。
推理小説は結末が知りたくてついつい早読みしてしまいますが、途中で何度も前のページに戻って色々と確認します(笑)

『ある男』は盛り沢山な感じもして、もう少し纏めてもいいだろ?と上から目線で独り言ちながら読みましたが面白かったです。それにこれは文庫本だし^^
あ、まだ読了していない『本心』は単行本です(笑)

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